和洋九段女子中学校高等学校

Stories Vol.70

更新情報

2024/4/30 更新しました。

Vol.70 中2 Mさん

-インタビューを通して生徒の成長をお伝えするStories。2024年度も行っていきます。今回は中2のMさんからお話を伺っていきたいと思います。よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

-では、早速インタビューに入っていきましょう。Mさんは幼い頃、どんな子でしたか?

ハキハキした感じの子でした。私は2歳離れた姉がいるんですけど、自分はまだ3歳なのに「5歳です」と言い張るような、自分のことをもっと上に見せたいところもあったそうです。

-そうなんですね。どんなことをして過ごすのが好きでしたか?

幼馴染が多かったので、プリキュアごっこをしていました。プリキュア役は女の子、悪役を男の子がやっていたんですけど、女の子の数が多かったので、架空のプリキュアも作って遊んでいました。

-他にはどんなことをしていましたか?

家の中で過ごす方が好きだったので、ディズニーの番組をよく見ていました。特にお気に入りだったのが「ティンカーベル」という映画と「ソフィア」というアニメです。

-なるほど。幼い頃のイメージがわいてきました。
-他に幼い頃の記憶はどんなものがありますか?

祖母が亡くなる前まで一緒に住んでいて、一緒に買い物行ったり、料理を作るのを手伝ったり、おしゃべりしたりしていました。

-そうなんですね。どんな話をしたか覚えていますか?

昔の生活の話をしてくれたのが結構印象深かったです。
祖母の家は和菓子屋さんで、戦争中にお菓子を役所の人に渡すとすごい喜んでくれたと話していました。小さい頃から薪を割るのを手伝っていたそうです。

-なるほど、貴重なお話が聞けましたね。
-他には何かありますか?

幼稚園の途中から小学校の真ん中くらいまでインドで過ごしました。

-お~、それは珍しい。4年くらいですか。かなり長いですね。
-行くと決まった時はどうでしたか?

祖母と離れてしまうというのもあってすごく抵抗がありましたし本当に嫌でした。アメリカくらいならは知っていたけれどインドのことは詳しく知らなかったということもあって、空港では大号泣しました。
初めてインドの空港に着いて外に出た時のにおいを今でも覚えています。排気ガスもひどくて空気がおいしくないなぁと感じました。
インドに住むようになってからも最初のうちはかなり抵抗がありました。年に四回くらいしか日本に帰れないし、幼稚園から高校まであるインターナショナルスクールに通っていたので、関わる人はみんな英語でしゃべっていて何を話しているかわからないし、すぐにでも日本に帰りたいという気持ちが大きかったです。

-先生や友達と話す時は全て英語なんですね。

そうです。あいさつや動物の名前をちょっと知っているくらいだったので、はじめは何を言ってるのか全くわからなかったです。でもクラスに2人くらい日本人の子がいて、ちょっとずつ教えてくれて慣れていきました。

-最初は帰りたいという思いが強かったと思いますが、その後はどうでしたか?

日本人の友達や外国人のクラスメイトがたくさん話しかけてくれて、先生方もフレンドリーに接してくれたのが嬉しかったです。
私自身も好奇心旺盛なタイプだったので、英語はわからないけどジェスチャーも使いながら積極的に話しかけようとしていって、新しいことに興味を持っていきました。海外の人のフレンドリーな感じは、幼い頃の自分に合っていてだんだんと毎日が楽しくなってきて、日本に帰ると決まった時はものすごく嫌でした。一生ここに住んでもいいなと思うほど大好きになっていたので…。

-物怖じしない前向きな積極性が感じられますね。
-インドで経験したことで記憶に残っているのはどんなことですか?

通っていた学校がものすごく広かったことです。インドの学校の長期休み中、日本に一時帰国していた時には日本の小学校に通っていたんですけど、公立の小学校でそれほど大きくなかったので、インドの小学校に戻ると「やっぱり広いな」と感じました。
あと、色々な国の人が通っているので、日本人の友達とは日本語で話すしフランス人の友達同士はフランス語で話しているし、親同士もその国の言語で話していて、みんなそれぞれ違う文化を持っているというのを感じました。この子たちはフランス人、スペイン人、インド人…。それぞれが全く違うことをしているわけではないんですけど、やっぱり自分とは何か異なる存在だなとは感じていて、日本の学校とは違うなという驚きがありました。

-それが自然な環境だったのでしょうね。外国の子たちとコミュニケーション取ることはあったのですか?

はい。基本的に英語はほとんどみんなしゃべれたので、韓国人、フランス人、イタリア人、インド人の友だちと英語を通して仲良くなれました。

-まさに英語がコミュニケーションツールだったわけですね。
-日本の学校と違うなと感じたのはどんなところですか?

色々ありますけど、先生が机の上に座って喋ったり、先生同志もフレンドリーですごく仲が良かったり、パーティーの数が多くて、ハロウィンは仮装をするし、チームごとに分かれて行う運動会では校長先生もチームに入って「僕たちレッドチームが絶対勝とう!」と言って熱くなっていたり、仮装も本気でやっていたり何かとすごかったです!パーティーでは音楽の先生がDJをしてました。

-インターナショナルスクールだったのでそういう雰囲気だったのでしょうか。

それもあると思います。自分が住んでいたマンションの目の前に公立の学校があったんですけど、インドの伝統の行事はやっていましたがハロウィンのお祭りをしているのは見かけなかったです。

-なるほど。そうなんですか。他の人がなかなかできない経験をしてきましたね。
-他には何かありますか?

まだカースト制度の影響が残っているのか、裕福な人と貧しい人の差がとても大きいのを感じました。通っていた学校はインターナショナルスクールだけあって、親が政治家や俳優という子もたくさん通っていました。遊びに行ったおうちは大きな一軒家で、庭にプールがあって、絵に描いたようなお金持ちの家でした。でも、スクールバスから外を見ると路上で暮らしている人がいたり、物乞いが窓を叩いてきたりと日本では見ることのできない風景がありました。
その当時はちょっと汚いなと不謹慎な考えしか持っていなかったんですけど、日本に帰って少し年を重ねていく中で、帰る家があるありがたさだったり根強く残っているカーストのことだったり色々なことを考えました。

-今後インドは大きく発展していくだろうという予想がありますが、今後克服していかなければならない問題なのでしょうね。
-食べ物はどうでしたか?

私は現地の料理をあまり食べてなくて、スーパーもマンションの中にあったので遠くに出かけるということは少なかったです。ただ、学校の昼食はそれぞれ持ってくるものが違って、ご飯を手で食べる人もいるし、りんご1個を昼食として持ってきている人、サンドイッチを食べている人…、あと韓国人の友達はカップラーメンを持ってきたこともあってみんなバラバラでした。少なくとも日本人が思い描くような「お弁当」を持ってきている人は誰一人いなかったです。
食堂で昼食を食べることもできたんですけど、ビュッフェ形式だったので、日本の給食の「栄養を考えてます」という感じではなくて「自分の食べたいものを食べる」感じでした。学校の中でアイスやジュースも売っていました。

-和洋のカフェテリアと購買部がもっと自由になったイメージでしょうか。国際色豊かな食事というのがいいですね。違いがあって当たり前という雰囲気を感じます。
-外出はあまりしなかったですか?

私はベンガルール(旧バンガロール)というところに住んでいたんですけど、家の近くにショッピングモールがあって、そこにはたまに行きました。マンゴーが安く手に入ってすごいおいしいかったです。

-ベンガルールはどんなところなんですか?

和洋に入ってからのことなのですが、中1の地理の授業で教科書にベンガルールが出てきて、「IT産業が発展している街」の例としてあげられていました。

-その街の雰囲気をMさんは体感してきたわけですね。ありがとうございます。
-日本に戻ってきてからの学校生活はいかがでしたか?

インドの生活に慣れてしまって、小学校が古くて全体的にちょっと汚かったし、友達付き合いも色々と気をつかわなくてはならなくて大変でした。

-違和感を感じながら小学校の生活を送っていたわけですね。
-中学受験をするというのは、いつ頃どのように決めたんですか?

家族が全員中学受験を経験していたので流れで受けることになりました。帰国子女入試を受けられるというのもあったし、高校受験はすごく大変だというのも聞いていたので…。

-なるほど、そういうことですね。
-その後、和洋九段に入学したわけですが、昨年の1年間はどうでしたか?

楽しかったですね。小学校の時にはあまり友達と馴染めてなかったなと感じているのですが、今はすごく楽しくて、仲がいい子もすぐできたし、一緒の電車で通っている子もいたのでよかったです。私はグローバルクラスに入っているんですけど人数が少なめな分全員が仲良しです。それぞれが自分の個性を活かしながら協力して過ごしている感じがします。文化祭の時も一致団結して取り組めました。
合唱コンクールでは音楽監督をしたんですけど、なかなかはじめはまとまらなくてちょっと大変な時もありました。もう一人の音楽監督がリーダーシップのある人で上手に声かけをしてくれたので助かりました。結果は伴わなかったけど、励まし合って優勝目指して頑張れたのでよかったです。

-今年も頑張ってくださいね。
-他には何かありますか?

中学全体で行われたビブリオバトルで発表しました。

-そうなんですか。Mさんは普段から本を読む方ですか?

定期的に読んでいるわけではないんですけど、本屋さんに行った時にタイトルが気に入ったり表紙のイラストがかわいかったり面白そうだなと感じた本を買って読んでいます。
今回、ヨシタケシンスケさんの「あるかしら書店」という本の紹介をしたんですけどそれも本を見つけた時に表紙がカラフルでかっちりした読み物ではなくて、気に入ったので今回紹介しました。

-そうなんですね。本番はいかがでしたか?

友達が練習に付き合ってくれたのですが、本番は下ばかり向いてしまったのが心残りです。たまにちらっと前を向くと友だちが「頑張って!」という表情をしてくれていたんですけど、たくさん人がいたので緊張してしまって勝手に「どうしよう!」と思ってしまいました。

-今年再チャレンジですね。
-ちなみに紹介した本の魅力は伝えられましたか?

そうですね。原稿は母も一緒に考えてくれてしっかり作っていたので。

-親御さんも本を読むが好きな方なのでしょうか。

はい、結構小説を読んでいるのを見かけます。

-親御さんの影響もあるのかもしれませんね。
-今後、紹介したいという本はありますか?

最近あまり本屋に行っていないので今はないですけど、少し前に古本屋で「ディズニーランドの秘密」という本を見つけて買いました。まだ途中ですけど今のところ一番気になっている本です。

-楽しみですね。ありがとうございます。
-他に学校の生活で楽しいことはどんなことですか?

今は写真部に入っていて、春休みに葛西の水族館と新木場にある植物園に撮影会に行ったのが楽しかったです。これまで友だちとそういう場所に出かけるということもなかったですし、プロのコーチもついて行ってくれたので写真の撮り方について色々とアドバイスをもらいました。

-これからも技術が上がっていくと良いですね。
-中2ではグローバル遠足も控えていますが、ここまでは順調でしたか?

いえ、電話をかけても通じなかったり、電話では受け付けていないのでメールにしてくださいなど、色々と大変なことがありました。でも、今までと違ってクラス外の子とグループを組んでいるんですけど、班の皆が協力的で、真剣に取り組めています。実際に企業訪問をする時にはこれまでの努力をきちんと生かせるように準備を頑張っていきたいなと思っています。

-どちらに訪問する予定ですか?

ユニファという保育園のICT化を推進している新しい企業と、王子ネピアという製紙メーカーに訪問する予定です。
ユニファは学校から歩いて7分のところにあります。王子ネピアも電車で15分です。

-近くにある分色々なところに行けますね。文化祭の発表を楽しみにしています。頑張ってください。
-Mさんの将来の夢は何ですか?

私はディズニーが好きなので、ディズニーでアルバイトとかしてみたいなというのと、いつかインドの環境を整備しに行きたいというのが夢です。

-自分の好きなものやこれまで見てきたものと関わっていきたいということでしょうか。

-インドの役に立ちたいというのは自分の経験がベースになっているんですか?

小2の時、インドで通っていた学校の先生から「いずれあなたたちはインドにトイレを作りに来てくださいね」と言われて、それが今でも頭に残っているという感じです。

-何らかの形で貢献できると良いですね。
-では最後に受験生へメッセージをお願いします。

和洋は校舎が綺麗で制服もかわいいし、先生方も友だちもフレンドリーで、ネイティブの先生も私たちの話をちゃんと理解しようとしてくれるし、たくさんお話できます。購買部の方も気軽に話しかけてくれてすごく楽しい学校です。入学して後悔がない学校なのでぜひ一度和洋に来てください。

-楽しく毎日を過ごしているのが伝わってきました。これからも伸び伸びと和洋生活を満喫してください。ありがとうございました!

【X先生からMさんについてのコメント】

人懐っこく、友人に優しく接することができます。好奇心旺盛で、色々なことに興味を持ち、積極的かつ前向きに学校生活を送っています。緊張感のあるステージでも臆することなく堂々とパフォーマンスを発揮できます。真面目で責任感もあり、随所でリーダーシップを発揮しています。

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