和洋九段女子中学校高等学校

Stories Vol.60

更新情報

2023/6/30 更新しました。

Vol.60 高2 Mさん

-インタビューを通して和洋生の成長をお伝えするStoriesの60回目。節目となる今回は高2のMさんからお話をうかがいたいと思います。よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

-では、早速インタビューに入っていきましょう。Mさんは小さい頃、どんな子でしたか?

幼稚園に通っていたんですけど、3歳くらいの時はよく泣いていたみたいです。先生が2人体制だったんですけど補助の先生とずっと一緒にいました。でも遊びが終わる時は「もう遊ぶ時間終わりだよー」と大声で叫んでいて、週末になると声がカスカスになっていました。

-結構元気な感じだったんですかね。幼稚園の頃のことで記憶に残っていることはありますか?

記憶にあるのは東日本大震災です。4歳くらいだったと思うんですけど、揺れた後、園に残っていた人全員が園庭の真ん中にあった大きな桜の木の元に避難しました。

-大きな地震でしたから記憶に残っているのでしょうね。
-小学校の頃のことは覚えていますか?

はい。色々なことをかなり鮮明に覚えていて、入学式で誰が隣だったかも覚えています。

-それはすごいですね。

その当時は記憶力がよくて、1ヶ月分の給食の献立を暗記していました。

-食べるのが好きだったんですか?

はい、給食がおいしかったので大好きでした。特にジャンボ餃子とか、味噌汁などの汁物がおいしかったです。区全体で給食の和食に力を入れていたみたいです。

-Mさんは海外でも生活していたんですよね。

はい、0歳から2歳まで台湾、小学校の時は2年間ドイツに行っていました。

-その当時のことは覚えていますか?

台湾のことは覚えていないですけど、日本に戻ってきてからも知り合いがいるので、今でも行きます。観光地ではなくて地元の人が行く屋台の水餃子がおいしいです。

-今でも行っているんですね。
-ドイツでの生活はいかがでしたか?

毎週土曜日がお休みだったので家族で違う国にご飯を食べに行っていました。

-ずいぶんダイナミックですね。どんな国に行っていたんですか?

イタリアやフランスに行っていました。

-そうなんですね。ドイツはどんな料理を食べていたんですか?

ドイツの料理はソーセージが有名ですけど、他にはリンゴを使った料理やジャガイモを使った料理が多いです。私はポテトが好きなので、ひたすらポテトフライを食べていました。

-若者はポテトフライ好きな人多いですよね。
-学校は日本人学校だったんですか?

はい。今より家を出る時間が早くて、多分7時くらいだったんですけど、冬になるとまだ暗い時間帯に家を出ていました。

-ドイツで暮らしてみて、日本とここが違うなというところはありますか?

日本と違って、電車の中で寝ている人はいません。あとは日曜はスーパーマーケットやドラッグストアなども開いていなくて外にあまり人がいなかったです。掃除機や洗濯を回す時間も朝7時から夜の9時までと決められていました。

-回りの騒音などに配慮しているのでしょうか。
-他にはありますか?

個人で打ち上げ花火を打ち上げてよいのは12月31日だけでした。だから、日本のように夏に花火を上げるということがありませんでした。あとは12月初旬にサンタに似たニコラウスという人がやってきてお菓子をやり取りするという行事があって、クリスマスが2回ある感じでした。

-国によって色々な行事があるんですね。私は初めて知りました。
-小学校の時に好きだったことは何でしたか?

ドイツにいた頃に勉強が嫌すぎて本を読むようになりました。はじめは歴史マンガからスタートして、私はマリーアントワネットが好きだったので100回くらい読みました。
帰国した後は刑事ドラマにはまってドラマの原作本を読むのが好きになりました。小6の自由研究では「ドラマ『相棒』の事件と現実の事件の発生の違い」について調べました。ドラマの中で事件があった場所をエクセルにリスト化してまとめ、警視庁の事件発生データと見比べてどう違いがあるか考えました。ドラマの中では実際より港区での発生が多かったんですけど、これはテレビ朝日の本社が港区にあって、撮影しやすさなども関係しているのではという結論に至りました。

-かなり本格的ですね(笑)。好きを突き詰めていて素晴らしいと思います。

あまりに見過ぎてしまったので、最近は登場人物が一通り出てくると誰が犯人かわかるようになってしまって、ドラマを見るのが面白くなくなってきてしまったのが残念です…。

-そのレベルになったのはすごいですが、楽しくなくなってしまったのは残念ですね。
-では次に、受験のことを聞いていきたいと思います。和洋九段を受験しようと考えたのはどのような経緯があったのでしょう。

帰国してから色々な学校を見学する中で、家からの距離が近いということで候補に挙がりました。PBL体験会や入試対策勉強会にも参加しましたし、見学会でもらった問題集も解きました。

-しっかり頑張ったんですね。Mさんは帰国生入試を受験されましたが、その時のことは覚えていますか?

はい。私は英語と国語で受験しました。中学の時にグローバルクラスでクラスメイトになった人も受けていました。受験なのに堂々としている人もいて、そういうところは今と変わっていないと思います。

-そうなんですね。入試で堂々としていられるのはすごいですね。
-中学に入学した後のことは何が印象に残っていますか?

中学1年の終わりからコロナの影響を受けているので、行事が全て行えたのは中1の時だけでした。体育祭、文化祭、合唱コンクールなど色々ありましたけど、印象に残っているのは体育祭です。中1の時は友だちと部活の先輩しか知らないので、部活の先輩を目で追って、「あそこに○○先輩がいる!」という話をしていました。

-そうだったんですね。体育祭で他に覚えていることはどんなことですか?

その頃は応援合戦があって、先輩が手拍子の仕方を教えに私たちのクラスまで来てくれたのを覚えています。あと、開会式の後、全学年で和洋体操をしていました。

-確かに全員でやっていましたね。懐かしいです。
-コロナ禍の生活はいかがでしたか?

オンライン授業の間は授業が終わってから区切りをつけずに宿題に取り組めたのでよかったです。授業中に宿題になったところを付箋に貼って、終わったらすぐに取り組めるので忘れることもありませんでした。あとは制服に着替えなくてよかったので楽でした。
あとは体育で走ったりボールを使ったりすることがなくてストレッチなどが中心だったので運動が苦手な私にとってはありがたかったです。

-あまりストレスには感じなかったんですね。
-高校に入ってから印象に残っているのはどんなことですか?

高校生になった頃からコロナの規制が少なくなってきて、やれることが増えてきました。高校生になって時間の経つのがとても早く感じます。学校で学ぶことも自分の得意なものや受験に関わるものが多くなってきていますし、全部が大切、全部を頑張らなければならなくなっているからかな、と思います。指定校だけを目指すのではなくて、一般受験のつもりで色々と頑張っておくのがいいと考えて頑張っています。

-素晴らしいですね。他にはありますか?

研修旅行で長野に行ったのがよかったです。私はたまに長野に遊びに行くことがあるんですけど、和洋に通っている生徒は東京の近くに住んでいる人が多いので、違う環境に身を置くことで学ぶことが多いと思います。特に農業に関われるのはとても貴重でした。

-冬にはターム留学にも行きましたね。3ヶ月での気づきはありましたか?

日本人は韓国人や中国人と見分けがつかないので、コロナの影響でアジアンヘイトがあるのかな、友だちはできるかなと思っていたんですけど、全然そんなことはなくて安心しました。オーストラリアは多国籍国家だからなのかなと思います。
ドイツではフレンドリーだけど見ず知らずの人にはあまり干渉しなかったです。オーストラリアでは色々な人に会って、人あたりがよくて話しかけやすかったです。

-オーストラリアに行ってよかったことは何ですか?

「日本は寿司の国でしょ?」レベルの、日本にさほど興味のない子と知り合えたことです。そういう子とは行かないと関われなかったしその子とはほとんどの授業が同じで、色々な話をする中でGoogle翻訳を使って、日本語を習得しようとしてくれました。

-よい関係が築けたんですね。
-他には何か気づきがありましたか?

ジブリの認知度の高さです。トトロはかなりたくさんの人が好きでした。あとはサンリオとかセーラームーンとかも人気でした。

-どういうところに魅力を感じているのでしょうね?

単純にかわいいからだと思うんですけど、海外のキャラクターと色の描き方が違うからかもしれません。海外でははっきりした色使いを使っていますけど、日本のキャラクターは薄めで淡い色遣いをしていることが多いです。それが柔らかさやかわいらしさに繋がっているのではないかと思います。

-確かにそういう面があるかもしれませんね。興味深いです。
-日本と違うと感じたことはどんなことですか?

ホストファミリーのお父さんの帰りがとても早いことです。家を私たちより遅く出て行くのに、私たちより早く帰ってきていることもあってお父さんも料理を作っていました。

-働き方として好ましいですね。羨ましいです。

放課後、塾や習いごとをしていないので、4時前には家にいます。家で宿題をする余裕もありましたし、寝る時間も早くて、家族全員がそういう生活をしていました。

-理想的な生活ですね。日本での生活スタイルは忙しすぎるのかもしれません。

-ターム留学を通じて自分の中で変化した部分はありますか?

和洋の英語の授業では、理解できなかったとしても友達が教えてくれましたが、オーストラリアでは日本語で説明してくれる友達がいるわけではなかったので、自分で理解できるように色々な工夫をせざるを得ない環境に自分を置くことができました。
結果として言葉がわからない環境であっても、少しでも理解できるように工夫をするようになりました。

-そのような中に身を置くことで精神的にも成長できたということなのでしょうね。素晴らしい経験となりましたね。ありがとうございます。

-では最後に受験生と後輩に向けてメッセージをお願いします。

まずは後輩へ
中学生のうちにどの科目でもいいから好きで興味のあるものを作っておくのがよいと思います。私は世界史が好きで、そういうものがあるから進路を考えやすかったということがありました。

そして、受験生へ
和洋は他の学校と比べて、姉妹校がある分、留学しやすい環境にあります。小学校の時の友だちも留学をしているんですけど、姉妹校がなくて業者のプランで留学をしています。和洋は2週間のプログラムもあるし、実際にいった人の話を聞けるので、行く前にどんな学校なのか、どんな場所なのかを知ることができて、不安なく参加することができます。英語を本格的に学びたいな、留学もしたいなという人にとっては実現しやすい一つの道だと思います。

-異文化の中に身を置くことで大きく成長していることが伝わってきました。これからも色々なことを吸収して視野を広げていってくださいね。ありがとうございました!

【X先生からMさんについてのコメント】

自分の意見をはっきり述べることができ、周囲の人へ影響力も大きい生徒です。今回の留学を経て、大きく成長しました。苦手意識のあった教科としての英語を、実践として使える武器にできるよう意識が変わってきたように感じます。積極的に海外へ出ることで、視野が広がり、行動力がよりついてきました。知的好奇心も高く、留学後に日本との違いについて、経済的な点に着目して話していたことが印象に残っています。

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